『銀杏堂』著者・橘春香さんインタビュー

国立の大学通りにある古書店『銀杏書房』と、
先代の女主人〈高田さん〉をモデルに描かれた
思い出にきらめく宝物のような物語、『銀杏堂』をご存知ですか?

この本の挿絵と文を手がけた橘春香さんに、
国立での思い出や、『銀杏堂』を舞台にしたこの物語がなぜ生まれたのか、
その背景などについて伺いました。

-国立の思い出についてお聞かせください。

大学生時代、1994年から1997年くらいだったと思います。
中2丁目あたりにある不思議な面白い作りの、古いアパートに住んでいました。
国立には大切な青春の思い出がいっぱいです。街の持っているムードが大好きでした。
ロージナ茶房や、今はなき邪宗門にもよく行きました。駅舎も三角の、昔の作りでした。
昔からの夢だった絵本作家になることを、当時決意したことを覚えています。
初めて卒業制作で絵本を作ることに集中していたせいで、街の景色と共に、自分の心の静けさと充実を思い出します。
そういう意味で、国立は作家としての原点のような場所です。

-『銀杏書房』の思い出は?

それこそ物語に出てくるようなお店だと思い、非常にときめいたのを覚えています。
本当にしょっちゅう行っていました。お金が全然なかったので、住んでいた頃はなにも買わず、立ち読みばかりしていました。
高田さんのことは、なんてかっこいい人なんだろうと思っていましたが、横目でチラリと見るだけで、話しかけたことはありませんでした。
大学を卒業してしばらく母校の研究室でアルバイトをしていたのですが、その時に学生時代からお世話になっていた教授が、
「高田さんがご自分の蒐集した古書を、大学の図書館に寄贈したいから見にこないか、とおっしゃっているのだけども、一緒についてくるかい?」
とお声をかけてくださり、大喜びでお供して、高田さんのご自宅にお邪魔する機会がありました。その時に初めて高田さんとお話ししたと思います。
古書をどうやって集めたのかのお話を高田さんがしてくださった時の面白さは忘れられません。それこそまさに武勇伝でした。
古書もさることながら、ご自宅にあるものすべてが素敵で、憧れました。

-作品『銀杏堂』が生まれた背景と、その経緯をお聞かせください。

物語を書く時に、私は絵からスタートします。
心に浮かんだ絵を自由に描いて、そこから物語をイメージして行きます。
なので、とても断片的なところから始まる感じなのです。
そのピースを、一つの物語にまとめて本にするならば、骨董屋さんという設定がいいな、と思いつきました。
骨董を手に入れた時の冒険の話を、武勇伝のように語る店の主人というふうにして、一つ一つのエピソードのピースをネックレスのようにつなげようと思ったのです。
高田さんの古書を集めた時のお話と、語るテンポを思い出し、冒険家の女主人にぴったりだな、と思いました。
素敵な大人として若い人へのメッセージをお持ちでいながら、同時に破天荒な、やんちゃな魅力も持っている、そういう印象を私は高田さんに持っていたので、キャラクターとしてそれを膨らませました。
とはいえ、私が遠くから憧れ、勝手に想像した高田さんです。
それでも、先ほどお話しした教授は、「銀杏堂」を読んで、高田さんそのものだね、とおしゃってました。

「銀杏堂」が出来上がってから、出来立てホヤホヤの本を持って銀杏書房に行きましたが、残念ながら高田さんは既に他界されていて、間に合いませんでした。
でもその時に銀杏書房をつがれた店主の姪御さんに、本当の高田さんの人生のお話をお伺いすることができました。それはもう、想像を超えた、ドラマチックな、それこそ物語のような人生でした。

-作品の中に登場する骨董品と、実際の『銀杏書房』さんに並ぶ本などに通じるところはありますか?

姪御さんに後からおうかがいしたのですが、高田さんは骨董を扱っていらっしゃったことがあるそうです。
それを知って「やっぱり!」と、なんだか嬉しく思いました。

学生の時に銀杏書房で感じていた、外国の美しい絵本や古書が並んでいるその佇まい、見るものすべてが珍しく、ドキドキしたこと、お店の空間そのものが、特別な場所だったこと。それから、すべてのものにエピソードが存在していて、それを聞くとまた違って見えてくること。
そういった気持ちを、「銀杏堂」に出てくる骨董に、感じていただけたとしたら、それが銀杏書房に並ぶ本との共通点と言えるのかもしれません。

-読者である子どもたちへのメッセージをお願いします。

ものごとを、近くでじっと見る、深く見る、遠くから見る、角度を変えて見る。
そうすると世界が自分の内がわにどんどん広がって行きます。
自分の心の奥行きを大きく広くして行けば、
それはいつかきっと、生きてゆく上で、自分を助けてくれます。
「銀杏堂」を読み終わったら、いつもの場所がなんだかぜんぜんちがう世界に見えてきた、
そんな不思議なよろこびとおどろきを感じてくださったら、これほどうれしいことはありません。

-橘春香さん、ありがとうございました!

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橘春香
横浜市出身。武蔵野美術大学卒。絵本・童話作家。
イラストレーターとしても書籍や広告などで活躍。
大学生の頃は国立市の古いアパートに暮らしていた。札幌市在住。

銀杏堂
小学4年生の女の子〈レンちゃん〉が
骨董屋『銀杏堂』を訪れるところからはじまる
世にも珍しい骨董品から織りなされる人生の冒険譚。
2016年12月出版。『銀杏堂』橘春香作・絵(偕成社¥1,728)