3月15日発行の『国立歩記』46号 BOOKSページに掲載されている、芥川賞作家・多和田葉子さんからのメッセージの全文をお届けします。
『献灯使』で全米図書賞 翻訳文学部門を受賞した多和田さんは、現在はドイツ在住ですが、大学卒業までを国立で過ごした地元ゆかりの作家。
あの、独特の感性を持つ作家の目に、この街がどのように映っていたのか?
読後は、いつもの国立がまた違って見えそうです。
©️講談社
多和田葉子さんプロフィール
1960年、東京生まれ。国立市立第五小学校、国立市立第一中学校、都立立川高校を経て、1982年、早稻田大学第一文学部ロシア文学科卒業。同年、ドイツに渡り1982年から2006年までハンブルグ在住。ドイツの書籍取次会社で1987年まで働きながら、ハンブルグ大学修士課程修了。創作活動の傍ら、2000年チューリッヒ大学博士課程修了。ドイツでは1987年に詩集でデビューし、1988年からドイツ語でも創作活動を開始。2006年よりベルリン在住。
1991 『かかとを失くして』で群像新人賞受賞
1992 『犬婿入り』で芥川賞受賞
1994 ハンブルク市からレッシング奨励賞受賞
1996 ドイツ語での文学活動に対し、バイエルン州芸術アカデミーからシャミソー賞受賞
2000 泉鏡花賞受賞受賞
2002 Bunkamuraドゥマゴ文学賞、谷崎潤一郎賞受賞
2005 ゲーテ・メダル受賞
2009 坪内逍遙大賞受賞
2011 『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞受賞
2012 『雲をつかむ話』で読売文学賞と文部科学大臣賞(文学部門)受賞
2018 『献灯使』(満谷マーガレット・訳)で全米図書賞 翻訳文学部門受賞
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1.「全米図書賞 翻訳文学部門」の受賞おめでとうございます。
受賞作の『献灯使』が、今回英語圏で評価されたことについて、感想をお聞かせ下さい。
多和田さん:
英語圏には、翻訳文学を読むのが不得意な人が多いと思います。トランプ政権のせいでますます教育レベルが下がり、異文化を理解する能力が落ちていくことが危惧される中で、全米図書賞の選考委員会の人たちが「これではいけない」ということで、翻訳文学部門を復活したのはすごいと思います。しかも、強い白人男性のアメリカ、というトランプ的理想の全く逆を行く私の「献灯使」という小説をあえて選んでくれた。そのことが私は一番嬉しかったですね。アメリカにはこのように政府の政策とか時代の風潮にあからさまに逆らう人たちがいるから好きです。 英語の本はでもアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドだけで読まれるわけではありません。自分の小説の英訳があることを本当にありがたいと感じたのはヨルダンに行った時です。イスラム圏ではアラビア語に訳される海外文学はごく一部で、しかも内容的にイスラム教と相容れない本は訳されないので、インテリたちは英語の本をかなり読んでいるようです。英語のそのような面も無視できないですね。
2.大学卒業まで過ごされた「国立はまるでわたしが考え出した架空の町のよう」(『カタコトのうわごと』青土社刊)と書かれていてとても興味深いです。少女・葉子の感性を刺激した国立のエピソードがありましたらぜひ。
多和田さん:
国立市で暮らしていることに子供の頃は誇りを持っていました。他の町に行くと、駅前にパチンコ屋とか飲み屋があって、子供ながらに何となく暗く湿った雰囲気が嫌だなと感じたのですが、国立駅前はすっきりしていて、そこからまっすぐ伸びた大学通りになんだか「筋を通す」みたいな潔さを感じていました。大学通りを南下していくと歩道橋が一つありますが、これが作られた時に反対運動が起こって、「歩道橋を作るのはいいことみたいに聞こえるけれど、実は横断歩道などを作って車が止まるのではなくて邪魔な歩行者を橋の上にあげてしまうという考え方そのものが車中心でよくない。そういう考え方ができるのは国立市だけだ」と小学校の先生が言っていたので、子供ながらに国立市というのはやはり他の市より進んでいるんだ、と思い、その「国立的思考」を別の町に越してからも守っていこう、などと決心したものです。 私にとっては自分の住んでいた富士見台第二団地が国立市の中心で、中央郵便局と中央図書館と国立市役所に囲まれているのだからそう思い込んでも無理ありませんが、とにかく第一、第三団地の子のところに遊びに行く時は、ちょっとだけ外国に行く感じがして、一橋大学構内や谷保天満宮に遊びに行く時はかなり異質な世界に遊びに行く覚悟が必要で、胸が高鳴りました。今の私の生活の中心はドイツですが、フランスに仕事で行く時が第一団地に行く感じで、スペインに行く時は第三団地だな、と思って出かけます。アメリカに行く時は一橋大学構内へ行く感じ、中国に行く時が谷保天満宮に行く感じでしょうか。幼年時代の国立市が地理感覚の元になっているので、大人になって世界を激しく移動していても不安にならないんですね。
『献灯使』 多和田葉子
講談社文庫 702円(税込)
大災害のあと、鎖国と化した日本の東京西域。老人は元気なのに子どもたちは虚弱に生まれ、さまざまな価値観がひっくり返る。静かで絶望的な日常と、その先の”光”が独特の筆致で綴られた新代表作。
▶︎増田書店には「多和田葉子コーナー」が常設されているので、ぜひ覗いてみてください。
▶︎『献灯使』文庫本を3名様にプレゼント。詳しくは『国立歩記』46号(2019年3月15日発行)か、公式サイト http://kunitachiaruki.jp/ (3/15更新)をご覧ください。